保存する建物を移築する場合にこのことは特に重要だ。民家園などにこれを忘れた例が多い。見て歩くうちに死人の首が並べられた晒し首の間を歩いているような、いたたまれない思いが突き上げてくる。現地で保存できないのなら、むしろ現地で取り壊して弔ってやった方が建物にとって幸せだったのだと思えてくる。風景の中の存在にならなければ、勿論、絵の題材には到底ならない。物語性が無ければ、風景としての環境を残してゆくことができなくなったのは、建築物を含めて環境が短時間のうちに激変し続けているからだ。
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その原因が経済活動であることは明らかだ。バブル崩壊のバブルは泡のことで実体の無いことを意味するが、その時のバブルは地価が上昇することを当然のこととして「土地ころがし」をした欺瞞が破綻したことによる経済活動のブレーキであった。歴史は繰り返すというが、繰り返してもらっては困る歴史の方が多い。バブルの後遺症が回復したと言われる現在、やはり気になるのは、バブル再来の恐れだ。環境保全がそんな泡程度で命を絶たれてたまるかという気分はあるが、環境保全はこれまで、開発に対して負けることが多かった。負けない世の中にしたいと思う。これで終わるのは心残りだから話を戻そう。